福島の見どころ|旅行で福島を応援


 2011年3月11日、東北沿岸部を中心に未曽有の被害をもたらした「東日本大震災」から10年。
 福島県でも、地震、津波、さらに原発事故まで加わり、原発周辺では復興も長期化しています。東京都では福島県への旅行が割引になる「被災地応援ツアー」割引制度を設けて、支援しています。

 数々の温泉や見どころも多い福島県、旅行で応援しませんか?

東京都・被災地応援ツアー事業

※コロナ感染状況によって、開始時期の見合わせや一時停止となる場合があります。
東京都福島県被災地旅行助成割引
 復興支援を目的として、東京都在住・在勤・在学中の方を対象に、東京都が福島への旅行代金の一部を負担をする制度です。日帰り1,500円引、宿泊1泊3,000円引になります。割引は、観光ばかりではなく、ビジネス出張でもご利用いただけます

特集|原発周辺被災地を巡る

福島の見どころ

 福島県は全国で3番目に広い面積を誇り、「川」の字のように大きく3つのエリアに分かれます。
 県の東側の太平洋に面した「浜通り」、県の中央部・南北に流れる阿武隈川沿いの「中通り」、そして県の西部、一番内陸に位置する「会津地方」と、それぞれに異なる歴史、文化、魅力を発信しています。

▼浜通り

相馬野馬追(南相馬)
 太平洋に面したエリア。1000余年の歴史を誇る神事「相馬野馬追」は訪れた人々がサムライの時代にタイムスリップしたかのような勇猛さで知られています。
 東日本大震災では、地震ばかりではなく、津波、さらには原発事故にも遭遇しましたが、風評も含め、被害に負けじと復興に向けて取り組んでいる地域です。

特集|震災から10年、原発周辺地域を巡る


2011年7月南相馬市(原発20km圏境界)

2021年3月 JR双葉駅
 東日本大震災では、地震ばかりではなく、津波さらに原発事故まで加わり、原発周辺地域では、
 双葉町では、2020年3月になって、ごく一部の地域の避難指示が解除され、津波と原発災害を伝承する取り組みも始めています。ぜひ一度、訪れていただきたい場所です。

常磐道の玄関口「いわき」

アクアマリンふくしまいわき花火大会
 関東から常磐道で福島に向かうと、最初の福島訪問地となるのが「いわき」です。手前には奥州三関の1つ「勿来(なこそ)の関」があります。
 小名浜港方面に行くと、黒潮と親潮(千島海流)のぶつかる潮目をテーマにした「アクアマリンふくしま」があります。海の不思議を解き明かす新しいタイプの海洋ミュージアムとして注目されています。近くには港町らしく魚介類が購入でき、めひかりは有名。
 いわき湯本温泉は「磐越三美人湯」の1つに数えられており、インター近くには「フラガール」で有名になった「スパ・リゾート・ハワイアンズ」もあります。

▼中通り

高湯温泉あったか湯
 県の中央を南北に流れる阿武隈川の流域・安積平野を中心としたエリアです。北から順に、県北、県中、県南にわかれています。
 県北には、吾妻・安達太良連峰に、飯坂温泉、高湯温泉、土湯温泉といった数々の温泉があります。
 県中は郡山周辺で「磐越三美人湯」の1つ磐越熱海温泉もあります。県南は、東北・みちのくの玄関口となる「白河の関」にあたります。

磐梯吾妻スカイライン・浄土平

磐梯吾妻スカイライン
 磐梯吾妻スカイラインは、高湯温泉と土湯峠を結ぶ全長約29kmで最高標高1,622mの観光道路。
 中間地点にあたる浄土平では、周辺の火山噴火によって生成された景観と、数多くの高山植物を楽しめます。
 日本の道100選。通行可能期間は、4月上旬から11月中旬(冬季通行止)です。


隠れた名湯と日本一の宿・母畑温泉「八幡屋」

母畑温泉八幡屋
 母畑温泉は、阿武隈山系の山間にあり、旅館も6件ほどの小さな温泉地。ですが歴史は古く、平安時代、源(八幡太郎)義家ゆかりの温泉で、単純泉ながらラジウム含有量は東北一多く、三日入れば治る「母畑の三日湯」と呼ばれたまさに湯治場でした。
 そんな小さな温泉地にあるリゾート的な温泉ホテルが「八幡屋」。質の高い「おもてなしの心」で、2017年・第42回プロが選ぶ「日本のホテル・旅館百選」(旅行新聞)の総合第1位にもなりました(2021年第46回は総合2位)。
八幡屋露天風呂八幡屋客室

▼会津地方

磐梯山と猪苗代湖
 一番内陸の県西部に位置し、会津若松の鶴ヶ城、猪苗代湖に磐梯山、ラーメンで有名な喜多方も含めた会津エリアと、西南部は会津西街道の宿駅だった南会津・大内宿を中心に、四方を美しい山に囲まれ自然を楽しめる南会津エリアがあります。

会津若松・鶴ヶ城

会津鶴ヶ城
 会津若松のシンボル的な存在。春は桜、秋には紅葉、夜にはライトアップもされ、春夏秋冬それぞれに異なる景観が楽しめ、天守閣の上からは市街地から会津盆地、磐梯山が一望できます。
 古くは蘆名直盛がここに館(黒川城)を築いたのが始まりで、伊達政宗がこの地を獲りますが、豊臣秀吉が奥州を平定。代わった蒲生氏郷が、この天守閣を作りました。幕末・維新の戊辰戦争では難攻不落の城として明治新政府に恐れられ、明治7年に一度、取り壊されました。
 現在の天守は1965(昭和40)年に再建。独特の赤瓦は、冬の寒さにも耐えられるように釉薬を塗って焼かれたもので、江戸時代から採用、2011年の葺き替えの際に再現されました。

大内宿

南会津大内宿
 南会津の「大内宿」は、江戸時代には会津若松と日光今市を結ぶ重要な道の宿場町として栄えました。
 現在も江戸時代の面影そのままに茅葺屋根の民家が街道沿いに建ち並び、昭和56年には国選定重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

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