嘉義

台湾旅行おすすめ嘉義 嘉義は台湾西南部、北回帰線が通る、阿里山の麓の街。素朴ながら実は見どころがたくさん。
 日本統治時代には、阿里山のヒノキが注目を浴び、林業で栄え、森林鉄道が引かれました。また八田與一が設計したダムによって、台湾でも有数な穀倉地帯となった地域です。
 また最近まで操業していた製糖工場が観光用に整備され、南国・台湾らしいサトウキビ畑を観光することもできます。
 最近では故宮博物院が南院を開設。時により南院で展示されている名品もあります。

日本式のヒノキ造りの官舎が並ぶ「嘉義檜意森活村」

台湾旅行 嘉義檜意森活村 嘉義は、阿里山の麓に位置する町。日本統治時代、阿里山に自生するヒノキが注目を浴び、林業で栄えました。
 阿里山森林鉄道の起点だった北門駅周辺は、檜町と呼ばれ、日本式の宿舎が並んでいました。
 園内は当時の街並みを再現しつつ、昔ながらの地元特産品や、めくもりある手工芸品、当時の生活の再現した紙アートなど、それぞれ独特なテーマ館のように連なっています。
Photo by Pbdragonwang [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons

神秘の山「阿里山」と森林鉄道

阿里山森林鉄道 阿里山は日本統治時代、阿里山に育つ高品質のヒノキで着目され、当時は北門駅を起点とする森林鉄道も引かれました。
 現在の森林鉄道は世界三大登山鉄道の1つに数えられ、嘉義発着で中腹の奮起湖駅まで登って行くことができます。その先は台風被害のため現在不通ですが、阿里山駅までバスで行くことができます。
 標高2,000mを超す神木駅-阿里山駅間には、樹齢1000年を超す巨木群の遊歩道があり、神秘的な雰囲気を醸し出しています。
>>おすすめ台湾旅行「阿里山」もご覧ください。

映画「KANO」の舞台~日本人監督が率いた野球部の躍進

嘉農エース呉明捷の像 嘉義の街中で一際目立つ球児の銅像。
 時は日本統治時代、松山商出身の近藤兵太郎監督率いる嘉義農林(通称「嘉農」)野球部が、1931年(昭和6年)の大会で甲子園初出場、準優勝を果たす快進撃を遂げました。
 日本人、台湾人、原住民が混在した嘉農野球部の大活躍で、台湾での野球人気が一気に高まりました。
 2014年には、台湾映画「KANO」で取り上げられ、再び話題に登りました。当時の嘉農のエースだったのが呉 明捷が像の主。像の通り、豪快な投球フォームだったそうです。

地方都市の歴史を物語る「嘉義市史蹟資料館」(旧:嘉義神社)

嘉義神社 嘉義市史蹟資料館の建物は、見るからに日本風。日本統治時代、台湾五大神社に数えられた嘉義神社の建物が使われています。神社の主殿は火災により全焼してしまいましたが、斎館や社務所は残り、嘉義の資料館ながらに日本統治時代の面影を色濃く残す不思議な空間となっています。
 館内では、嘉義という一地方都市の歴史に関わるディープな展示が成されていますが、清朝時代や日本統治時代の嘉義の様子や、映画ポスターや嘉義の伝統工芸品など庶民的な文化を垣間見ることができます。
Photo by 子毓貓 at zh.wikipedia [GFDL or CC-BY-SA-3.0], from Wikimedia Commons

もう1つの故宮-「故宮南院(国立故宮博物院南部院区)」

故宮南院 これまで台湾で故宮博物院と言えば、台北でしたが、2015年12月に嘉義にオープンしたのが、故宮南院(国立故宮博物院南部院区)。
 台湾南北で文化的財産を共有するのが目的で建設され、故宮博物院所蔵の品が入れ替わり、南院で展示されます(有名な「肉形石」も2017年10月8日まで、南院で展示されています)。
 南院では、故宮所蔵品ばかりではなく、「アジア芸術文化博物館」として、広くアジアの文化作品が企画展示されています。
Photo by B2322858 [Public domain], via Wikimedia Commons

サトウキビ畑を列車で…「蒜頭糖廠(蔗埕文化園区)」

蒜頭糖廠(蔗埕文化園区) 故宮南院の少し北側に、観光用に整備された製糖工場があります。
 元々は日本統治時代に明治製糖(現:大日本明治製糖)が開いた製糖工場で、大戦後は台湾糖業として、2000年まで操業されていました。工場内部の見学や、南国らしいサトウキビ畑の中を列車で巡ることができます。台湾では、各地の製糖工場でこうした鉄道が多く引かれていました。
 工場では昔ながらのアイスキャンディーも販売されていますので、お忘れなく。
Photo by Teng Feng-Chou [CC BY-SA 3.0 or GFDL], via Wikimedia Commons

ひと時代前の台湾にタイムスリップ「頂菜園郷土館」

頂菜園郷土館  頂菜園郷土館は、嘉義市郊外にある1950年代の農村をイメージして作られたテーマパーク。旧式の農村器具や牛車、駄菓子屋さんに当時の自転車、園内を周遊できるバスも旧式で、当時のバス停も再現されています。
 頂菜園では、幼稚園児の見学から大学の研修も行われており、子どもから大人まで、ひと時代前の台湾の農村にタイムスリップしたような旅行が楽しめます。
Photo:頂菜園 

夏至には太陽が真上を通る「北回帰線標塔」

嘉義 北回帰線標塔 嘉義市の南、北緯23度26分22秒に通る北回帰線の標塔。夏至には太陽が真上を通り、ここより北が亜熱帯、南が熱帯となります。
 初代の標塔は1908年に設置。現在建てられているのは1942年に建設された5代目の白い標塔(設計:千々岩助太郎)。1995年には、教育センターを兼ねた6代目の標塔太陽館も建設されています。厳密に言うと、標塔は少しずつずれていくそうで、プレートの変動によって地面が動いていることもわかります。 
 この近くには、北回帰線駅もあります。現在は廃駅となり、小さな駅舎のみが残っているだけですが、再び旅客駅として復活させる計画もあるようです。
Photo by Kwb [Public domain], via Wikimedia Commons

台湾で初めて建てられた嘉義のニニ八紀念碑

台湾初の228モニュメント(嘉義) 日本統治が終わり、中華民国による統治が始まって間もない頃に起きた大きな民主化紛争「ニニ八事件」。(→「ニニ八事件」
 以後、蒋介石時代の台湾では戒厳令が引かれ、公の場でその事件のことが語られることはあり得ませんでした。
 戒厳令が解除されるのは、1987年。
 台湾で初めてニニ八事件の紀念碑が作られたのは、1989年の嘉義です。当時はまだ国民党による圧力も多く、妨害、破壊行為、またデザイナーの詹三原は完成後に1年半、投獄もされています。
 その後、基隆、台中、高雄、そして台北など、台湾各地にニニ八事件を後世に物語る紀念碑、紀念館が建てられていきました。
photo by Mk2010 [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons

嘉義に行ったら見ておきたい烏山頭水庫(台南)

台南郊外観光 烏山頭ダム  戦前、先進的な大規模ダムと灌漑システムを造り上げた日本人土木設計者、八田與一。
 日本ではあまり知られていませんが、台湾では有名な人物で、未だに慰霊祭が行われ、台湾人たちも参列しています。
 この水庫(ダム)により、嘉義から台南にかけて広がる嘉南平野一帯の農業用水を確保、穀倉地帯へと変えたのです。
 烏山頭ダムのそばには、八田與一の銅像や墓、記念館も立っています。
(→「台南」烏山頭水庫と八田與一記念館