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ムンバイの観光地

 ムンバイはインドの西海岸に面するインド最大の都市。
 都市としてのムンバイの始まりは、1534年にポルトガルがこの地域を譲り受けたことに始まり、「ボンベイ」(良い港)と呼ばれました。1661年にイギリスに譲渡され、貿易、産業、軍事的な拠点としても栄えていきます。港に面する「インド門」もイギリス統治時代の象徴の1つです。
 1995年に土地の言葉に由来する「ムンバイ」に名称変更されますが、国内各地の様々な集団や宗教・文化の集積地にもなっています。

チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅【世界遺産】

 歴史的な建築物として世界遺産でありながら、今も現役で活躍しているムンバイ・フォート地区にある鉄道の駅舎。旧名称はヴィクトリア・ターミナス駅。インド国内で植民地時代の名称を改める動きの中で、1998年に改称されました。

 1888年、フレデリック・ウィリアム・スティーブンスによって設計され、10年の歳月をかけて建造。ヴィクトリア朝の復興ゴシック様式とインドの伝統的建築が融合され、当時の鉄道駅舎としては最高の建築レベルであったと言えるでしょう。
 当時、初代インド皇帝でもあったイギリスのヴィクトリア女王の治世であったため、駅名には「ヴィクトリア」名がつけられました。
チャトラパティ・シヴァージーの肖像
 現在の名前は、この地域でムガル帝国の第6代皇帝アウラングゼーブによる支配に抵抗し、マラータ王国を建国した英雄チャトラパティ・シヴァージーの名前からとられています。
 アウラングゼーブがイスラム以外の宗教を規制弾圧したのに対し、ヒンドゥー教徒のシヴァージは決して反イスラムではなく、信仰の自由を認め、また要求していたようで、中にはイスラム教徒の臣下もいたようです。
 ムンバイの空港も「チャットラパティー・シヴァージー国際空港」と名付けられています。 

インド門(ムンバイ)

ムンバイおすすめ インド門
(Photo: Rhaessner)

 ムンバイ湾に面したアポロ埠頭の突端に建つ巨大な門。デリーにもインド門がありますが、時期、設計、意味合いも全く異なっています。

 イギリスの支配下時代の1911年、イギリス王に即位したジョージ5世とメアリー王妃が来印、インド皇帝の戴冠式典も行われました。それを記念して、建造されたのがムンバイのインド門。
 
 ジョージ・ウィテットの設計により、パリの凱旋門をモデルに、1924年に完成。高さは26m、玄武岩でできています。門の下には、約600人が収容できるそうで、イギリスから要人が訪れる際、歓迎式典の会場となっていました。
 しかし第二次大戦後の1947年にインドは独立を果たし、翌1948年、イギリス軍最後の駐留部隊が撤退する際には、このインド門をくぐってインドを後にしました。

インド門をにらむシヴァージ像 この門の前方にある公園には、この地域の英雄として人気のチャトラパティ・シヴァージの像があり、馬の上で槍を持ち、ちょうどインド門をにらみつけている格好になっています。まるで他国に侵略させまいと守っているようです。
 かつては、植民地時代の象徴的な存在であったインド門ですが、現在は観光客ばかりではなく、地元人も集まるスポットとなっています。

タージ・マハル・ホテル

ムンバイおすすめ タージマハルホテル(Photo:Joe Ravi)

 インド門の向かいに並ぶように建つ、世界でも有数の超高級ホテル。
 インドの近代工業の父で、インド最大の財閥ターター・グループの創始者でもあるジャムシェードジー・ターターによって建てられ、1903年にオープンしました。

 19世紀末、ターターは、外国の友人とともに、当時ムンバイで最大のワトソンズ・ホテルに入ろうとしたところ、白人専用であるということで断られてしまいました。
 これを機に、インドの玄関口ムンバイに、インド人の誇りにかけ、より高級なホテルを創ろうと奮起。インド人設計者によって、西洋のゴシック様式とインド伝統のサセラン様式をミックスさせた、内外に誇れる外観にしました。また、エレベーターなどホテル内の設備もヨーロッパの最新技術を揃え、鉄骨はエッフェル塔と同じ鉄骨を使うこだわりぶり。
 開業以来、ムンバイ一のホテルとして、インドを訪問する世界の政治家・王侯貴族・有名人らがこのホテルをムンバイおすすめ タージマハルホテル利用するようになりました。
 1973年には、本館パレス等の横に、高層のタワー棟が建てられ、現在も、ターター・グループがホテルを保有、経営されています。

 このターターも、見どころのある人物、また企業です。
 元々、祖先はペルシアからインドに渡ってきたパールシー(ゾロアスター教徒)でしたが、綿紡績工場を建ててインド有数の民族資本家となりました。
 彼は、インドに大きな製鉄所、世界的な教育機関、大ホテル、水力発電所を建設することを夢見て、そのうち生前に実現したのはタージマハル・ホテルのみでした。
 しかし彼の残した構想は、次世代に引き継がれ、ターター・スチール、インド理科大学院、ターター・パワーとして結実していきます。
 ターター・グループは、決して営利の追及ばかりではなく、インド社会への貢献もしてきました。
 カースト制度とも無縁なパールシーの一族の経営のため、優れた人材を出自を問わず抜擢、1912年のターター・鉄鋼工場設立以来、8時間労働を規定するなど労働者への待遇や、財団を通じた社会貢献度も高いです。
 汚職に対する企業倫理も厳しく、日本企業がインドへ進出する際の提携先として、ターター・グループには篤い信頼が寄せられています。

ハジ・アリ廟(ハージー・アリー・モスク)

ムンバイおすすめ ハジ・アリ廟
(Photo:Tewaryan)

 ハジ・アリ廟は、島に作られている寺院で、参道も満潮時には海水がギリギリまで押し寄せます。伝説のイスラムの聖人ハジ・アリの墓廟です。

 ハジ・アリは、15世紀頃の人物で、ムンバイに暮らしていた聖人だと言われています。古代のペルシャ帝国(現ウズベキスタン)出身で、世界を旅した商人で大富豪でしたが、ある時、全財産を貧しい人に施し、メッカへ巡礼の旅に出かけます。

 伝説によると、ハジ・アリはメッカへの巡礼旅行中に亡くなり、彼の遺体を納めた棺はアラビア海へと流されました。しかし棺は、奇跡的にムンバイ沿岸の離小島に漂着し、ハジ・アリの墓は、この島に建てられました。
 最初にこの島に寺院が建てられたのは、1431年と言われ、ごく小さなものだったようですが、その後、増改築が行なわれて、現在の墓廟となっています。

 イスラムの安息日である金曜日を中心に、多くの巡礼者が訪れます。中にはヒンドゥー教徒も多くおり、宗教に関わりなく、地元人に慕われています。
 参道には、貧しい人に施した聖人への信仰にあやかろうと、貧困層の人たちが施しも求めに来ています。

マリン・ドライブ

ムンバイおすすめ マリンドライブ (Photo:Nikkul/Indianhilbilly)
 現地の正式名称では「ネータージー・スバースチャンドラ・ボース道路」となるが、「マリン・ドライブ」の名称で通っています。

女王のネックレスと呼ばれる夜景 (Photo:Aam422/Wikipedia)
 バック・ベイを埋め立てた土地に1920年に建設された海岸道路で、道路沿いには古いアールデコ様式のアパートが立ち並び、遊歩道や夕日を眺めるスポットとしても人気。
 夜景は、湾岸のカーブが美しく「女王のネックレス」とも呼ばれています。

エレファンタ島と石窟群【世界遺産】

ムンバイおすすめ エレファンタ島  エレファンタ島は、ムンバイの東10kmの海上、インド門から船で約1時間の場所に浮かぶ島。
 現在、約1,200人の人口があり、観光収入の他、稲作、漁業などが営まられています。
 以前はガーラープリー(洞窟がある場所という意味)島と呼ばれていましたが、16世紀にポルトガル人が上陸、象の巨大な石彫を発見したことから、その名で呼ばれるようになりました。現在、この象の石像はムンバイの動物園に展示されています。

エレファンタ島のサル この島の観光ポイントとなっているのが、エレファンタ石窟群。世界遺産にも登録されています。桟橋からは、ミニSLが運行。石窟に向かう途中には、野生で生息するサルたちの姿も見られます。

 5窟あるヒンドゥーの石窟寺院は6~8世紀ごろのグプタ朝時代に作られたと見られ、いずれもシヴァ神が祀られています。ポルトガル人が上陸した際、射撃練習用の的として多くの像は破壊されましたが、高さ約200mの岩山頂上付近にある第1窟(大石窟)は破壊を免れました。
 
 この第1窟は、高さ6m、広さ40m四方の空間で、約20本の石柱で支えられています。シヴァ神話の物語が彫刻となって表現されており、奥にあるシヴァ三面像が一番の見どころとなっています。この3面は、創造、保護、破壊というシヴァの3つの重要な側面を表すと言われています。
 その他の第2~5窟は、さらに島の山深いところにあり、通常観光では行きません。また、これらよりは小規模ですが、仏教系の石窟寺院も2つ見つかっているそうです。
世界遺産のエレファンタ石窟寺院
(Photo:Andy Hay)     
エレファンタのアルダナーリーシュヴァラ像
(Photo: Ricardo Martins)
エレファンタの三面シヴァ神像
(Photo:Christian Haugen)