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ジャイプールの観光地

 ジャイプールはデリーの南西約260kmに位置するラジャスターン州の州都。
 ムガル帝国時代の1727年、この地一帯を治めるアンペール王国のマハラジャ(大王)、サワーイー・ジャイ・スィン2世が、アンペールから遷都するため、近くのこの地に建設したのがジャイプール。約10kmの赤い城壁で囲まれ、「ジャイ」は当主の名から、「プル」は「城壁に囲まれた町」を意味しています。日本では「ジャイプール」という表記が一般的ですが、本来は「ジャイプル」の方が正しいようです。現在は、城壁の外側に、新市街が広がっています。

ピンクシティ(旧市街地)

ジャイプルおすすめ ピンクシティー インドがイギリス領におかれる前年の1876年に、イギリス女王エリザベスの息子アルバート王子がこの地を訪れた際、歓迎の色であるピンク色で市街の建物を塗って歓迎しました。
 以来、伝統的に建物にピンク色の塗装が施されるようになり、現在でも「ピンクシティ」と呼ばれています。
 ジャイプルの藩王(マハラジャ)は、イギリス領インド帝国時代においても、イギリスに従属するものの、領地の自治権は保証されました。そのため、デリーやアグラなどの直轄地よりも、古くからのインド的な雰囲気を残しています。

シティパレス

ジャイプルおすすめ シティ・パレス 旧市街の中心にある、中庭・庭園・建物からなる宮殿群。
 アンベール王国のジャイプール遷都にあたって、1726年に当主サワーイ・ジャイ・スィン2世が建設しました。
 現在も敷地内には、マハラジャの子孫が住んでおり、居住区域以外を宮殿博物館として一般公開しています。
(写真は、マハラジャが住む「月の宮殿」)

シティ・パレス 貴賓の間 シティパレス 世界最大の銀の壺
(写真:貴賓の間と、世界最大の銀の壺) 


 貴賓謁見の間である「ディワニー・カース」はいかにも宮殿。展示されている銀の壺はギネスブックにも載る世界最大の銀製品。1902年にマハラジャがイギリス訪問の際、毎日の沐浴のためにガンジス河の水を入れていったのだとか。
 その他、歴代マハラジャの衣類や、集めたペルシャやヨーロッパからの家具装飾品、職人の技術を集めた壁面装飾にも注目です。

風の宮殿(ハワー・マハル)

 ジャイプルのシンボル的な宮殿。この街を治めていたラージプートの王サワーイー・プラタープ・スィンによって1799年に建てられた。
 シティパレスの一部で、建物はピンク色をした5階建てで、953の小窓が通りに面している。当時、イスラムの影響を受け、外を歩くことができなかった宮廷の女性達が、宮殿から続く細いトンネルを通って風の宮殿に来ては、自らの姿を外から見られることなく、この小窓から街の様子を見たり、祭を見て楽しむことができるようになっていた。

 正面から見ると大きな建物に見えるが、厚みのない屏風のような建物。沢山の窓と美しい透かし彫りを施してテラスの風の吹き抜けが良いことから、「風の宮殿」と名付けられた。
(写真は、2013年4月修復工事中のところ。外壁に竹で足組が組まれています。)

ジャンタル・マンタル(天文台)【世界遺産】

ジャイプルおすすめ ジャンタル・マンタル ジャイプールを建設したマハラジャ、サワーイー・ジャイ・シン2世は、天文学にも秀でていて、インドの5か所に天文台を作っています。最初に創ったのはデリー(1724年)でしたが、ジャイプールに遷都後の1728年、宮殿のあるシティ・パレスのすぐ近くにも天文台を設立しました。やはり、お膝元のジャイプルだけあって最も規模が大きく、世界遺産に登録されています。
 
「ジャンタル・マンタル」とは、「計測する器具」の意味。巨大な大きさは、より正確に観測するためのもので、日時計は、なんと2秒単位で計測できるんだとか。
ナリ・ヴァラヤ・ヤントラ 太陽や月、星の位置や動きを観測し、暦の作成から、日食や月食、雨期の到来、洪水、日照り、収穫の予想をし、政治や祭事に活躍していたようです。
(写真の円形状の観測機は「ナリ・ヴァラヤ・ヤントラ」。これで太陽の位置を計測できる)
 やがて望遠鏡などの技術発達によって、天体観測の上では過去のものになっていきましたが、当時にあっては、東西の知識を集めた一大天体観測所だったといえるでしょう。
 
 1901年に修復が行なわれ、今でも、観測が続けられています。

アンベール城

ジャイプルおすすめ アンベール城 ジャイプールから北東へ11km。岩だらけの丘に立つアンペール王国(ラージプート族・カチュワーラー家)の城塞兼宮殿。ムガル帝国のアクバル軍の司令官となったカチュワーラー家のラジャ(豪族)マン・シンが、 1592年にアンべールに築城。アンペール王国のマハラジャ(大王)として、以後、約130年間、代々この地を治めます。1727年に、陶磁のマハラジャ、サワーイー・ジャイ・シン2世がジャイプールに遷都するまでは、アンベール王国の首都となった場所です。

 マハラジャとは、「マハ」(偉大な)+「ラジャ」(王)で「大王」の意。帝国に従属していても、各地方を治めている、日本でいえば「藩主」に近い存在です。他の地方豪族的なラジャに比べ、より勢力を強め地域を治めたラジャに対して「マハラジャ」の称号が与えられます。
 
アンベール城の象タクシー 丘の下には象タクシーがあり、うまく空象(?)があれば象に乗って入城することもできます。
 城壁の外観はやや無骨な感じの要塞風な姿ですが、中の宮殿に入るとマハラジャにふさわしく華麗な装飾で、栄華を物語っています。
 丘の傾斜を利用して、下層部は兵士たちの訓練や、役人との会議など公的な場として用いられ、上層部はマハラジャの私的空間となっています。特にマハラジャが来賓を迎えた「勝利の間(ジャイ・マン・ディル)」は、無数の鏡を散りばめた幾何学模様の装飾が見事で「鏡の間(シーシュ・マハル)」とも呼ばれています。
 
 ムガル帝国のインド・イスラム文化と、この地域伝統のラジャスタン様式が、見事に融合しています。

 写真は順番に、マハラジャの私的宮殿の入り口となるガーネシャ門、鏡が散りばめられた「勝利の間(鏡の間)」、 王の私室となる「歓喜の間(スク・ニワース)」。
 歓喜の間の前にはイスラム美術の文様で創られた中庭があり、奥には妃、側室、侍女たちが暮らす男子禁制のゼナーナがある。